書肆じんたろ

読書は著者との対話、知りたいことのseek & find、ひとときの別世界。 真理には到達できないのに人々はそれを求め続ける。世界が何であるかの認識に近づくだけなのに。正しいことより善いことのほうがいいときもある。大切なのは知への愛なのか、痴への愛なのか。



京都文化博物館で開催されている『承久の乱展』を見て、後鳥羽上皇ってなんか無茶苦茶な人って印象が残った。
乱を仕掛けて失脚したら、隠岐で和歌を編纂する。架空の歌会をやったりもする。絵巻に残っているものもある。
具平親王と後鳥羽上皇の歌合戦!
まあ、風流の極みとも言える。
ところで、武士支配への転換という意味で、承久の乱は関ヶ原の合戦より歴史的意味のある事件と本郷和人氏は書いている。
なのに合戦の場所もよく知らない人が多いのではないだろうか。
私も宇治川や美濃が合戦の場所だったなんて知らなかった。
承久記絵巻を見て、初めて知った。
承久記絵巻には、宇治川を大なぎなた振り回して後鳥羽軍の誰かが渡っている絵があった。
地元の人もそんなこと知らないと思う。
この記事によると絵巻も最近発見されたらしい。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20201026001941.html


承久の乱が、どうして北条氏側のワンサイド・ゲームになったのかを知ることが、武士支配へのターニングポイントだとわかることだと本郷和人氏は書いている。
この乱では、幕府vs朝廷は一万数千vs千七百の軍勢だったんだとか。
これは保元・平治の乱を経て、鎌倉の源氏政権が「幕府」として力をつけた証。源平の合戦で東の源氏が勝って、西の空白を源氏の家臣が押さえたけど、東軍ほど力をもっていなかった。だから後鳥羽上皇が西面の武士を頼りにしても頼りにはならなかった。白川上皇以来、北面の武士とか朝廷も武士を武力として従えてきたけど、鎌倉幕府の武士の鍛え方とは雲泥の差だった。
その源氏の源実朝も葬り去り、実権をもった北条氏の義時が後鳥羽上皇の浅知恵に乗っかって、蹴散らしたのが承久の乱。
本郷和人氏の師匠筋に当たる五味文彦氏は、このときすでに東の幕府と西の朝廷という二つの王権があったという論を唱えている。東の王権である武士政権は国家論として全国統一など考えていなかった。しかし、西の朝廷政権の後鳥羽上皇は天皇を中心とした国家にこだわった。
足下の荘園などはほぼ領地として武士支配になっていたのに、そのあたりの状況認識に甘さがあった。だから、集まった武家は千七百程度だったという見立て。
結果は戦う前からわかっていた。
わかっていないのは後鳥羽上皇だけ。

2040年の未来予測
成毛 眞
日経BP
2021-01-01


成毛さんの近著。
最初に書かれている100年前にアインシュタインが来日したエピソードが面白い。
アインシュタインはフランスから40日かけて船旅で来日した。腹痛と下痢・嘔吐に襲われた。幸い乗船していた医師に「腸カタル」と診断された。船中でノーベル賞受賞の電報を受け取ったとか。
アイシンシュタインが今の時代にやって来たら、40日の船旅が12時間の飛行機の旅になっていることや、医師が乗船していなくてもモニターで遠隔治療できることや電報は今や使われることが稀になっていることを知って腰を抜かすだろう、と。
2040年というとこの先20年。
日本では65歳以上が3分の1になっている。4人にひとりが認知症。
毎日のニュースを見ていると、5Gは使えないとか技術進歩が遅々として進まないようにも見える。
けれど20年のスパンで考えると、今、技術の兆しに見えるものがおそらく実現しているだろう。
通信は6Gが当たり前になり、その技術を使って自動車が自動運転になり、空を飛んでいたり、自然エネルギーがバッテリーで当然のように使われ、原子力発電は核融合エネルギーになっていたり。
ただ、成毛氏の興味か、教育への言及も多い。
大学は人口減少によりじわじわ学校法人の体力を失う結果になる。より専門性や実務能力の高い人材育成にシフトしている、
とか。
すぐ読めるけど、とても面白い270ページの本。



N高のメイキング・ストーリー。
この高校のアイデアはドワンゴの取締役の志倉千代丸氏が考えたものだが、役員会で川上量生会長が「うん、やろう」と即決したそうだ。意見を聞かれるまで川上会長はスマホをいじっていたらしい。なんちゅう役員会やねん!
しかし、KADOKAWAの角川歴彦会長はなかなかGOサインを出さなかったらしい。「教育を舐めている」と志倉氏は言われたそうだ。その角川会長も最後はOKした。
中学校で教師をしていた奥平博一氏が好調として、スクーリング本校のある沖縄県伊計島に移り住んで地域の人たちとコミュニティを作ったり、広告代理店で通信教育のマーケティングの経験のある中島武氏が入試広報担当部長に就任したりして、N高の成功の土台ができた。
N高はこれまでの通信制高校と少し違う。
これまでの通信制高校は、今の学校制度に適合しない不登校などの生徒たちの受け皿として、消極的な意味合いが強かったように思う。
しかし、N高は今の学校制度へのアンチテーゼとしての積極的な意味合いを感じる。
アイデアを出した志倉氏は、いろんな仕事を経験する学校にしたかったらしい。中学校の同窓会で卒業アルバムを見たときに、宇宙飛行士とかサッカー選手とかみんなが似たような夢を書いていた。学校ではほとんど職業を知らずに社会人になっている。
N高は伊計島で漁師体験までできる。北海道で酪農体験、山口県でイカ釣り、佐賀県で図書館司書、高野山で僧侶体験、広島県では刀鍛冶、山形県ではマタギ体験まである。
これらはすべてスクーリングとして体験できる。
ネットの学習とスクーリングを目一杯にカリキュラムのなかに詰め込んでいるという印象だ。
遠足はそれぞれがアバターになって、ネット上で体験する。SlackというfacebookみたいなSNSでクラスのコミュニティーができ、コミュニケーションが取れる。そこからLINEに移って交際する生徒もいるらしい。

志倉氏の斬新なアイデア。それを即決する川上会長という次世代の経営者。実験を握るKADOKAWAの資本力。それらが経営の基盤なのだろう。
しかし、沖縄に飛び込む教育者・奥平校長などの教育を変える熱意が集まらなければ実際に運営はできないし、伊計島の人々の協力も得られなかっただろう。廃校になった校舎を教育で活用したいという地元の願いはあったが、最初、東京からの新参者を歓迎していなかった。奥平校長がそこに住むということがなければ成功しなかっただろう。

ドワンゴのニコニコ動画のユーザーに不登校の生徒が多いというマーケティング上の親和性もプラス要因だったらしい。
ドワンゴがどうしてリアルの学校を作るのか?
ニコニコ動画が開拓したユーザーがすでにいたということも背景にある。
他の通信制高校もN高に似たことはできると思う。
しかし、経営と教育、広報すべてがそろっているのがN高なのであって、おそらく追随できるものではない。

フジモトマサル傑作集
フジモトマサル
青幻舎
2020-11-25


フジモトマサル傑作集』は、とても不思議な本。
この人、村上春樹の『村上さんのところ』でイラストを描いていた人。
読んでもバチは当たらないと思う。

つながり過ぎた世界の先に (PHP新書)
マルクス・ガブリエル
PHP研究所
2021-03-17


マルクス・ガブリエルは今、日本でよほど人気なんだろう。
本人が書いた哲学書以外でもテレビの特集やインタビューが次々と出版されている。
今回は大野和基氏によるドイツにいるマルクス・ガブリエルへのZOOMでのインタビュー。
今回印象に残ったのはアメリカとその大統領に対する考え方。
「アメリカは完全にポストモダンの国」「フェイク・ニュース、オルタナティブ・ファクト、真実なんてどうでもいいという空気、容赦ないアイデンティティ・ポリティクスなど・・・今起きている米中の対立はこれまで戦ったことのないレベルの対立、思想のレベルで起きている」
トランプはコロナがあったから大統領に選ばれなかっただけ。ワクチンがもう少し早く開発されていたら選ばれていただろうというガブリエルの感想。
今回の大統領選挙でトランプは前回以上の得票数だった。どうしてそうなるのかというと、アメリカの国民は、人間である前にアメリカ人であるという人々が半数ほどいるかららしい。
「アメリカ例外主義がアメリカの基盤を形成している」という主張。
もうひとつはハイデガーへの批判の視点がはっきりしたこと。
「ハイデガーには悪の概念しかありませんでした。彼の著作には善への言及が一切無い。ハイデガーは天才だった。古代から現代までの哲学について新しい解釈学を生み出した。しかし、新しい倫理学は生み出さなかった」
この辺りは西田幾多郎との違いだろう。
西田は何より『善の研究』をしたのだ。
ただ、ハイデガーの弟子たち、ハンナ・アーレント、エマニュエル・レヴィナス、ジャック・デリダ、ハンス・ヨナスらは素晴らしい倫理学者だった。弟子たちは人類にとって偉大な貢献をしたとマルクス・ガブリエルは言っている。


両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く
マイケル・L・タッシュマン
東洋経済新報社
2019-02-15


深化と探索。
両利き経営とはそれを共存できる組織。
イノベーションを市場と組織能力の二軸で説明する。
縦軸に、既存分野と新規分野の市場。
横軸に、既存と新規の組織能力。
イノベーションの方向性として、既存の認知の範囲を越えて、遠くに認知を広げていく「探索」。
探索の中から成功しそうなものを見極めて、深掘りし、磨き込んでいく「深化」。
一番難しいのは、新しい組織能力で、新しい市場を目指すケースとなる。
富士フィルムにできたことが、どうしてコダックではできなかったのか?
Amazonはどうして探索と深化を繰り返して成長できるのか?
そのことがよくわかる本です。

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