こういう小説こそ読みたかったのだ、と読み終えたときに思った。
仕事が忙しいので毎晩少しずつ読んでいた。けれど読んでいる日々は何とも憂鬱な気分だった。この小説の持つ時代の重さのようなものが伝染したのだろう。でも夜中に少しずつ読むのが何よりの楽しみだった。
『テロリストのパラソル』をあえてジャンル分けするならミステリー・ハードボイルドなんだと思う。けれどそういうジャンルを超えた力強さを感じる小説だ。全共闘とか赤軍派、『腹腹時計』という爆弾作りの本なんかが売れて、破壊や暴力、テロが一種時代のシンボルになった頃の空気を感じる小説だ。
「われわれが相手にまわしていたのは、もっと巨大なもの、権力やスターリニストを超えたものだって気がしてきたんだ。いわゆる体制の問題じゃない。もちろん、イデオロギーですらない。それはこの世界の悪意なんだ。この世界が存在するための必要な成分でさえある悪意。空気みたいにね。その得体の知れないものは、僕らが何をやろうと無傷で生き残っていくだろう。そこでは自己否定なんて、まるで無力だよ。意味がない。結局、ぼくらがやっていたのは、ゲームだったんじゃないのかな。それもつぶすかつぶされるか、みたいなゲームでもない。最初から、負けはわかっていた。それでも、まあ、やってみよう、そう決心して始めたゲームさ。だけど、世界に不可欠な悪意がぼくらをとりまいていて無傷でいる以上、もう手の打ちようがないんだよ」
小説の中ほどで主人公の友人がいう台詞がこの小説のすべてを語っているように思う。
世界に潜むニヒリズム(虚無主義)。これは時代を超えてウイルスのように伝染するのかもしれない。とくに経済が成長して、社会の価値観が切り裂かれる時に広く伝染し、豊かな社会では常に一定数の感染者がいる。ある時はテロリスト、ある時は左翼過激派、またあるときはカルト宗教団体の形をとって幽霊のように存在する。
麻薬もまた世界を破滅させる爆弾なのだとも思った。
ふだん気が付かないけれど、世の中でじわじわと広がっている悪魔的なものを感じさせる小説だ。