書肆じんたろ

読書は著者との対話、知りたいことのseek & find、ひとときの別世界。 真理には到達できないのに人々はそれを求め続ける。世界が何であるかの認識に近づくだけなのに。正しいことより善いことのほうがいいときもある。大切なのは知への愛なのか、痴への愛なのか。

2020年01月



『貞観政要』は太宗(李世民)の記録から帝王のあるべき姿を追求した名著というのが一般的な読み方だろう。
しかし、この書、読んで記憶に残るのは太宗より、むしろ側近の魏徴(ぎちょう)だ。魏徴は太宗を殺そうとした兄の側近だった。しかし、太宗は魏徴の能力を評価して自分の側近にした。魏徴はうるさ型の臣下。いつも太宗のいけない点を批判する。魏徴の視点から見ると、『貞観政要』はリーダーの書ではなく、勇敢なフォロアーの書なのではないのか?
貞観政要のテーマのひとつが「諫諍」。諫言の「諫」。魏徴ら諫める臣下の行動を書いている。
諫める方法もいろいろある。
幾諫(きかん):それとなく諫めること
規諫(きかん):枠にはめるようにきつく諫めること
切諫(せつかん):心を込めて強く諫めること
泣諫(きゅうかん):泣いて諫めること
直諫(ちょっかん):相手の思いに逆らって強く諫めること
極諫(きょくかん):もうこれ以上ないというぎりぎりまで諫めること
死諫(しかん):死んで主君を諫めること

魏徴はときには命を賭して、太宗に諫言した。
魏徴が亡くなったときに、太宗は「自分は三つの鏡を保持して、自身の過ちを防いできた。魏徴が亡くなって、ついにその一つの鏡を失ってしまった」と久しく涙を流した。太宗がいう三つの鏡とは、一つは自分の姿を写す鏡。もう一つは歴史の鏡。最後は人という鏡。諫言をしてくれる人、自分を批判する人なのだ。魏徴が亡くなって誰も自分に諫言してくれる人がいないと太宗は嘆いた。
実際に太宗の唐は魏徴の死後、魏徴が諫めていた朝鮮出兵を実行し、制圧を失敗する。
魏徴は、勇敢な部下、ザ・フォロアーシップだったのだ。
晩年、太宗は帝王の座を息子に譲ったが、その息子は気が弱く、よい後継者を選んだとは言えなかった。しかし、その分、賢明な皇后・則天部が事実上、唐の拡大に貢献した。
これもまたフォロアーシップのあり方ともいえる。

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)
丹羽 宇一郎
幻冬舎
2017-07-28


丹羽宇一郎氏の実家は「正進堂」という本屋さんだったとか。
だから本に囲まれた幼少期を送った。小学校のときから読書好きだったとか。
丹羽氏が考える教養の条件は、「自分が知らないということを知っている」ことと、「相手の立場に立ってものごとを考えられる」ことの2つ。
では、その教養を磨くものは何か?
それは仕事と読書と人なんだとか。
会社の経営者には読書家が多い。それは組織のリーダーというものは、人間への深い洞察と理解が求められる立場にあり、仕事に関することを人一倍勉強しておく必要があるからと丹羽氏は思っている。
読書はまた「動物の血」を抑える「理性の血」を鍛えることでもある。「理性の血」とは、ものごとを俯瞰してみる力、相手の立場を理解しようとする能力のこと。
丹羽氏は一日30分間、飲んで帰ってきた日も本を読む習慣がある。いつも一冊集中の読み方で、積ん読本はない。途中で止めた本も読んだ本の棚に入れる。棚はまだ読んでいない本とそれ以外の二つの分け方だけ。
出口治朗氏は一日1時間の読書週間で、積ん読本はないと書いていた。出口氏は幼稚園時代から読書をしていた。読書家と言われるビジネスマンは、本との出会い、本の読み方は似ていいるのかもしれない。ただ、出口氏と違うのは、本に線を引いたり付箋を貼ったりすること。ノートに書き写すのが休日の楽しみってのも違う。読み方も一行一行を精読するばかりではなく、精読もあれば、飛ばし読みもあっていいというバランス重視。
そのとき時の興味が変わるので、座右の書も無ければ、何度も読み返す本もないとか。
丹羽氏はこの書名の通り、死ぬほど読書が好きな感じがする。

丹羽氏と出口氏は二人とも読書家と呼ばれるビジネスマンだが、性格はまったく違うし、読書によってそれが変わるより、強固になっている印象がある。
出口氏は自分で怠け者というが、ある意味本当にそうだと思う。
若い頃、仕事が早く終わると自席で本を読んでいたらしい。それを上司にとがめられると今度は百科事典を読んだ。傍目からは調べ物をしているようにも見えるから。
今で言うKYであるし、自己中心主義が徹底しているんだろうと思う。
それに比べて、丹羽氏は清廉のひとの印象がある。
丹羽氏が若い頃、上司が新人を叱っていた。新人が平謝りに詫びていてもなお上司は叱るのを止めなかった。そのとき、丹羽氏は椅子を蹴って、「貴様、謝っているのにもうやめろ!」と言ったそうだ。丹羽氏もある意味KYだが、他人のことに無関心でいられないKYと言える。
丹羽氏は社長就任早々、不良債権の処理の仕事に直面した。すると社員の申告で不良債権が1000億出てきた。なんでこんなにあるのかと怒ると誰も不良債権があっても申告しなくなる。丹羽氏は怒らないし何もとがめないから他に無いか正直に言ってくれと告知した。すると、なんと最初の3倍の不良債権になった。それを株主総会で通すために自分の報酬はゼロにしたとか。奥さんはせめて税金分だけでも報酬をもらってくれと言ったらしい。
しかし、その成果もあって、翌年、日商岩井は過去最高益を生んだ。
丹羽氏は本を買うのにお金を惜しまないらしい。一月分の給与を本の購入にあてたこともあるとか。そういう直接の効果を考えない行動がのちのち役に立っているというのが丹羽氏の起こす奇跡だろう。



出口さんの読書は、ふつうの読書家とちょっと違う。
まず、積ん読ってのがない。いつも一冊に集中するので併行して読書しない。面白くなければ、すぐ読むのを止めてその本を捨てたり、売ったりする。だから積ん読本が溜まらない。
それからノートを取らないどころか付箋も貼らない。もちろん本に書き込んだりしない。このあたりが、セイゴオさんとか佐藤優氏とは違うところ。齋藤孝教授は3色ボールペンだったしなあ。よほど記憶力がいいんだろう。
出口さんには本のマイルールというのがあって、何かに興味を持ったら、関連本を7~8冊手に入れて、最初に難しい本から読む。最後に薄い本を読んで体系化する。
これまでに1万冊も読んだのは、毎日日課にしている行動を繰り返しているからとか。朝は1時間で新聞三紙を読む。本は夜、就寝前に1時間読む。これは歯を磨くくらいの習慣になっているらしい。
でも、この人、なんかしっくりこないなあ。
ひっかかりがないというか、佐藤優の挫折感とか、セイゴオさんの妖怪みたな感じがない。かといって立花隆みたいな闘争心ってのもない。
この感覚、なんだろな。
面白い本から読めってことだけど、おもしろさの感覚がなんか違うよな。

あっ、出口さんの薦める本のリスト見て気づいたけど、民俗学とか神秘主義とかに関するものが一冊もありません。
セイゴオ、佐藤優、立花隆みたいな読書家にはそっちの闇的な読書群ってのが必ずあるんですが。文字の世界の密林というかジャングルみたいなのを面白いとは思わない感覚なんだと思います。



セイゴオさんは、30冊くらいの関係する本を同時並行で読むんだとか。読みながら本にあれこれ書き込む編集工学と呼ぶ読書法。
佐藤優氏も「本は汚く読め」と言っているらしい。綺麗な本を残したければ2冊買って、一冊はノート代わりにして、もう一冊を保存用にしろと。
この二人が電子化は進んでも書籍は無くならないと言っている。電子書籍に代わるモノがあるかもしれないが、紙の本は赤字で書いたり、見開きで読めたりコストパフォーマンスがよいとか。
二人のあまりの博識について行けず、ポカンとしてしまうところもある。この二人が、現代の羅針盤として選ぶ150冊はとんでもない選書になっている。
例えば通俗本50冊のリストには、ファラデー『ロウソクの科学』、ラッセル『哲学入門』、梅棹忠夫『文明の生態史観』みたいなノーマルな本もある。
けれど、ソビエト科学アカデミー『世界哲学史』、大塚英志『戦後まんがの表現空間』、弘兼憲史『社長島耕作』、鈴木邦男『天皇陛下の味方です』みたいなどうしてこれが150冊にはいるの?ってのもある。

立花隆・佐藤優『僕らの頭脳の鍛え方』(文春新書)も面白かった。
セイゴオ、佐藤優の話はマニアックになったり、常識がひっくり返るところが面白い。山本七平のユダヤ人論を「嘘に嘘を重ねているけれど、物事の本質をつく魅力がある」ってとこに共感したりする。「ああいう大嘘に大宅賞を贈ってしまう日本のノンフィクション界のいかがわしさというか、文藝春秋のいかがわしさというか、懐の深さがいいですね」って二人の結論。
知のジャングルに分け入りたいひとにはお薦めの本です



「くまモン」のキャラクターデザイン、「東京ミッドタウン」「中川政七商店」のブランディングなどを手がける水野学氏。
慶應義塾大学のSFCで行った講義なので大学生にでもわかる内容になっている。
例えば、デザインには「機能デザイン」「装飾デザイン」があり、ダイソンのサイクロン式掃除機の構造は機能デザインだけど、透明になっているところは装飾デザイン。わざと透明にして技術の高さを見せていると解説する。

センスがいい。センスを磨くというときのセンスとは何か?
「センスとは、集積した知識をもとに最適化する能力である」と水野氏は言う。
そのセンスを磨くには3つの方法がある。

・王道、定番を知る
・流行を見つける
・共通点を見つける

王道を見つけるということは、基準値をみつけること。最近やたらと差別化が流行になっていて、市場のドーナツ化が進んでいるらしい。つまり、真ん中がなくていいること。商品って、やたら差別化するより、ちょっと違っているくらいでいい。

流行を見つけるためには、ふだんからこまめにいろんなものをチェックしておくこと。
子ども乗せママチャリを開発するとき、アンジョリーナ・ジョリーが乗っていたビーチクルーザーのイメージが日本のママのマーケティングリサーチの結果に近かったとか。

共通点を見つけるとは、たくさんのモノを見て通底する共通点やルールをみつけること。
人がたくさん入っているお店のデザインは、床は暗め、通路がやや狭め、商品がごちゃごちゃと置いてある、天井は低めってことに気づいた。中川政七商店などもそうしたらしい。

また、ブランド力がある企業の特徴も3つあるらしい。

・トップのクリエイティブ感覚が優れている
・経営者の右腕にクリエイティブディレクターを置き、経営判断を行っている
・経営の直下にクリエイティブ特区がある

アップル、資生堂、ユニクロなど。

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