書肆じんたろ

読書は著者との対話、知りたいことのseek & find、ひとときの別世界。 真理には到達できないのに人々はそれを求め続ける。世界が何であるかの認識に近づくだけなのに。正しいことより善いことのほうがいいときもある。大切なのは知への愛なのか、痴への愛なのか。

2020年09月



この本の『憂国』だけを読んだ。

一切の批判を拒絶するくらいの迫力がこの小説にはある。
『憂国』は三島由紀夫が、昭和35年に発表した短編だ。
二・二六事件で決起した皇軍に、新婚のため誘われなかった主人公とその妻の自害の話である。
自害の前の性交渉。三島はそれを限りなく美しい比喩、修辞、回想を織り交ぜながら表現する。死を前にした官能。死の絶頂と性交渉の絶頂を一致させように三島は描く。
フィクション。すべてフィクション。リアルさが微塵もない。
そういう批判の一切を拒絶する力がこの小説にはある。
壮絶。
そう、壮絶なのだ。壮絶さが一切を拒否するのだ。
それは二・二六事件がもっている死相なのかもしれない。
でもエロい。限りなくこの小説はエロい。
リアルさがないのにエロい。
とことんマジメにエロい。

眠れる美女
川端康成
新潮社
2013-06-14


「多くの人はどういう文章で性的に興奮するのか」というテーマに興味が沸いた。
その疑問に答える一冊目は、川端康成『眠れる美女』。
今読んでも文学としての古さを全く感じない。
むしろ新鮮ですらある。
この作家はどうしてこんなに美しい文章を書けるのだろうか、と思った。そして、それは「文学」とは何なのかを考えさせる。
性的興奮は、性的描写だけが問題ではない。
性的対象のエロさを描くことだけが技術ではないと言っているようだ。
性的興奮を感じる主体の内的心理、背負っている生活、この小説の場合だと性的生活を終える直前の年老いた男性の人生、そういうものを描くことによって、性的対象のエロさをくっきりと脳神経の刺激に変える。
川端康成の名人芸は、その描き方、抑えたエロ表現による想像への誘い、文体の美しさなどにあるのだろう。

何者 (新潮文庫)
朝井 リョウ
新潮社
2015-06-26


とても興味深い本だった。
シューカツが舞台。テーマではない。
テーマは、自分は何者か。いや、何者かになることができるのか、という普遍的なこと。
若い作家の小説だけど、還暦の私が共感できるのはそのテーマのせいだと思う。
就活でいろいろ壁にぶち当たる学生のことも考えさせられた。考えが浅いというより、生きていると実感できる経験が少ないからなんだろうと思った。
小説でのtwitterの書き方が知りたかっただけなんだけど、何だか得した気分。
いい小説です。

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